
営業は 『 知・情・意 』
「パソコンは得意ではないけど、インターネットは利用している」
という人が増えてきたように思われる。
こうした時代になっても、「お客様との関係を大切にするために」
営業マンが必ず必要だと、私は考える。
もちろん「人間的な信頼関係を築く」ということが、あらゆる場面で顔を出すと思うからだ。
作業の効率とは別次元の見地で言っているのである。
営業のあり方を考えるとき、私はよく「知・情・意」という言葉を思い浮かべる。
「知」は文字通り商品知識、業務知識、関連情報であり、
「情」は相手の心動かす力、
「意」は自分の仕事を成功に導こうとする強い意思だと解釈している。
「知」は提案力になり、「情」は説得力を補強する。そして「意」があるからこそ継続性も生まれる。
自分が客の立場になったとき、そのどれが欠けてもうまくいかないことがよく分かる。
かなり昔、車を買い換えた。発売直後から人気が沸騰していたし、オプションもいろいろ付けたのだが、メーカーへの発注を手際良く運んでくれたので1ヵ月ほどで納車された。
担当したのは、出向いたディーラーでたまたま応対してくれた営業社員である。
「よくやってくれた」と思った私は、彼のために知り合いを紹介する約束をした。
ところが、納車のあと何の連絡もないのである。
法定点検整備の案内が工場から来るだけ。
「悪い男ではないが、けっこうズボラだなあ」と失望し、知人を紹介する気も失せた。もちろん1年後には自動車保険も他社に切り替えた。
彼には「意」がなかったのだ。
その一方で、こまめにハガキや案内をくれる店もある。
椅子を購入した欧州家具の店、スーツを作った都心のテーラー、宅配便で商品を送ってもらった和菓子屋などだ。
印刷しただけのものでも心は動かされる。
懸命に努力している様子がうかがえて好感が持てるのである。
しかし提案力が弱いので、すぐに購買行動には結びつかない。
「北欧の職人が手作りした逸品が限定入荷。限られたお客様だけにご案内」とか
「寒中にしか作らない和菓子」などと書いてあれば、すぐにでも行かなければ、という気になるのに。
地元にあるK酒店は提案力を持っている。
私は毎年、暮れに何人かの人に日本酒を贈っているのだが、そのときの酒は必ずK酒店に行って選び、発送してもらっている。
相手は日本酒が好きな人たちばかりだから味にうるさくて、銘柄選びには苦労する。
幻の酒、越のナントカならいいというものではない。
マスコミがもてはやしてたちまち名前が知れ渡ってしまったようなものはかえって馬鹿にされかねないのだ。
K酒店に行くと、店主おすすめのコーナーがあり、それぞれの酒の特徴、産地、蔵元、甘口辛口を知る尺度になる度数、名前の由来などを書いたカードが添えてある。
これを見て、私はいろいろ考える。私にも情報がないわけではない。
1年の間にあの料理屋で飲んで旨かった酒や、かの居酒屋で飲んだ珍しい酒。
送る相手の好みを思い出しながら、さらに店の奥に足を進めると、そこにもずらり銘酒が並んでいて、「さて弱った」状態になったころ、店主がにこにこっと近づいてきて、ささやく。
「どういう感じのお酒をおさがしですか」
贈答品だというと、
「ありがとうございます」と頭を下げてから、贈る相手の年柄や好みなどをたずねてくる。
冷酒がお好きですか、燗酒ですか。熟燗ですか、それともぬる燗。肴の好みは。どの地方にお住まいの方ですか。
会話の中で情報をとりながら、彼の頭の中では検索が始まっている。
「それなら、こちらのお酒などいかがでしょう。小さい蔵元なので、なかなか手に入らないのですが、夏に旅行したときに立ち寄って予約しておいたんです。ほどほどの辛口で、そうですねえ、常温で召し上がるのがいちばんかと思いますが、冷やしてもぬる燗でもいただけますね。名前はあの地方の言葉で『男気』というような意味ですね」
「男気…、いいですね。よし、○○さんにはそれがいい。ご主人、まずそれを2本…」
そんな具合にひとりずつに違う酒を選びながら、宅配便の伝票を書き終えて、支払いを済ませると、「次はわが家の分」ということになる。
あの酒やこの酒がいかにうまいかを、薀蓄を傾けながら語ってくれたものだから、ビール党の私でも「今日は刺身で、日本酒をキューっと」というモードになってしまうのだ。
K酒店、ふだんはなかなか立ち寄れない。
しかし正月が近づくと何はともあれK酒店なのである。
ここのご主人があの提案力をDMに託したら、わが家の酒代の大半を吸収することができるのに、といつも思っている。
営業の場合、知・情・意は「見込客発見のためにこそフル稼働させなければならない。
酒屋や美容院と違って、同一人物のリピートにウエートをかけるわけにはいかないのだ。
既存顧客から得るのは見込客の紹介である。
新しい客を紹介してもらうには、既存顧客が自社商品に強くなってもらう必要がある。
自社の強力なシンパにもなってもらわなければならない。
「知」、つまり商品情報をいかに嫌味なく伝えるかがポイントになってくる。
それにしても、この広い世間から有望な目込客を探してくるというのは、なんと楽しい仕事だろう。
思いがけないところに出会いがひそんでいるものだ。
「見込客発見に王道なし」ということが5年くらい経ってようやく分かった。
あらゆる機会をとらえてその発見につとめるのは当然としても、手垢で汚れた手法や時代に合わないやり方はどんどん「消去」していこうと思う。