アベノミクスは実際は国民に困難を招くのか

2020年3月4日

 金融市場の不安定な直近の動向を受けて、アベノミクスについての見解を調べていたら、たまたま次の記事に接しました。事後の参考のため、ブログに転載させていただきます。

 経済政策の舵取りをミスしてしまうと、国民生活が苦しくなることは歴史が証明しています。

 不穏なことにならないように、切に適切な経済舵取りを願うしかありません。

 市場関係者や投資家は戦々恐々としているかと思われますが、長期金利もアップする中で、この状況は日本の財政危機に対する兆候であり警鐘であるとの見方も俄然説得力を帯びてきましたが、どうなりますか。

アベノミクスは歴史の教訓を何も学んでない

通貨安政策は格差を拡大させるだけ

http://toyokeizai.net/articles/-/13167

 2013年に入ってから、安倍晋三政権が掲げる経済・金融政策である「アベノミクス」に対して、メディアだけでなく国民の関心も高まってきています。期待する意見も増えて来ているように思われます。

本当の景気回復とは、株価が上昇することではない

 しかし、経済の歴史や本質から見れば、「アベノミクス」の考え方は明らかに間違っています。人は「権威」の前には思考停止に陥ってしまう傾向があります。それは、「経済学」というジャンルにおいても同じです。ですから、自分で物事をしっかりと考えることができない人物が首相になると、「権威」の前に何の疑問も抱かずに迎合し、今回のように間違った政策をゴリ押ししてしまうのです。

 日本国民にとって「アベノミクス」は、この上ない不幸を招くことになるかもしれません。やはり、為政者や金融当局者は幅広い見識を持っていることはもちろん、様々な視点から自分で物事を考えられる人が、ならなければならないのです。

 FRB(米国連邦準備制度理事会)のバーナンキ議長は「アメリカ経済をデフレから救った」と評価されていますが、その認識自体が大きな間違いです。本当の景気回復とは、国民生活が豊かになることであり、株価が上昇することではないからです。

なぜアメリカや韓国の歴史的失敗から学ばないのか

 金融危機後のアメリカ国民は、所得が下がり続けている中で、量的緩和によってもたらされた物価上昇によって、生活が年々苦しくなってきています。同様に、金融危機後に通貨安を志向した韓国でも、国民は物価高に苦しみ、日本国民よりも悲惨な生活を強いられています。

 それらの歴史的な過ちを検証せずに、なぜ安倍首相はアメリカの量的緩和に習えと、日銀に積極的な金融緩和を「強制」することができたのでしょうか。たとえ物価を無理矢理に上昇させることができたとしても、企業は従業員の給料を上げることは難しくなっているという歴史の教訓を、なぜ権威ある経済学者たちは学ぶことができていないのでしょうか。

 そもそも15年ほど前にプリンストン大学のポール・クルーグマン教授が提唱した「インフレ目標政策(インフレ期待)」は、ここ10年の資源価格高騰の時代においては成り立っていません。先進国における「景気の拡大=所得の上昇」「企業収益の拡大=所得の上昇」という相関関係は、資源価格の高騰によって断ち切られてしまったのです。

 また、安倍政権誕生以降、為替は大きく円安に振れていますが、この通貨安政策にも注意が必要です。お隣の韓国は為替介入により、2008年に通貨ウォンを対ドル、対円の双方で大きく値下がりさせ、その後も安い水準で推移するように誘導してきました。特に同じ輸出国としてライバルとなる日本の円に対しては、価格競争力で優位に立つために、ウォンの対円相場を必要以上に安い水準で推移するように、円買いウォン売りを断続的に繰り返してきました。

 たしかに2008年以降、この政策が功を奏した格好で、輸出が拡大し韓国の経済成長にも寄与したことは事実でしょう。

通貨安政策は、格差を拡大させる

 ところが、大幅な通貨安には大きな落とし穴がありました。それは、輸入物価が想定以上に上昇してしまうことです。韓国はエネルギーやコメ以外の穀物を輸入に頼っているので、大幅に通貨安が進んでしまうと、その悪影響は半端なものではありません。韓国の物価上昇率は急激にウォン安が進んだ2008年に前年比4.7%と急騰し、その後も上昇が続いています。金融危機直前の2007年からの物価上昇率は15.2%にも達し、国民の賃金は実質的には大きく低下してしまったのです。

 サムスン電子や現代自動車などの大企業は、通貨安に支えられて輸出を拡大し、業績を伸ばすことに成功してきました。大企業に勤める社員の所得も、物価の上昇を上回る水準で増えていきました。しかしながら、大企業とその社員が経済的に潤うのとは反比例して、大多数を占める中小零細企業やその従業員は、物価上昇により経営や生活が苦しくなってしまいました。

 つまり、国民全体で見ると、通貨安の恩恵が及んだのは、大企業に勤める約8%の人々だけであって、残りの92%の人々はむしろ通貨安の弊害から逃れることができなかったのです。通貨安政策には、格差を拡大させてしまう作用がある点は忘れてはなりません。

 私の新刊『アメリカの世界戦略に乗って、日本経済は大復活する!』(東洋経済新報社)では、2000年代に入ってこの政策がまったく機能していないことを検証しています。経済学者は経済学の狭い領域に閉じこもって物事を考えるために、こういった間違った理論がいまだに正しいと思っているばかりか、物事の道理や本質が見えなくなってしまっています。

 クルーグマン教授やバーナンキ議長が間違っていても、正しいと評価されているところに、権威の前では反論しない経済学の病理を見出さずにはいられません。

 金融緩和論者は、自民党の小泉純一郎政権下の円安バブルの時に、なぜ国民の所得が上がらなかったのかをしっかりと学ぶ必要があるでしょう。金融危機後のアメリカや韓国の通貨安政策でも、インフレが国民生活を苦しくし、格差を拡大させるだけだったという歴史の教訓を真摯に学ぶ必要があるでしょう。

 日本はデフレであるからこそ、アメリカや韓国と比べて国民の実質賃金が大きく下がらずに、マシな生活ができているのです。歴史を教訓として学ばない経済学の危うさを、切に感じている昨今です。安倍首相の知恵袋である識者たちの考えは完全に誤っていると思うのですが、そんな「権威の危うさ」は数年以内に証明されるのではないでしょうか。

中原 圭介(なかはら けいすけ):エコノミスト

経営・金融のコンサルティング会社「アセットベストパートナーズ株式会社」の経営アドバイザー兼エコノミストして活動。企業・金融機関への助言・提案や富裕層の資産運用コンサルティングを行う傍ら、執筆・セミナーなどで経営教育・金融教育の普及に努めている。経済だけでなく、歴史や心理学など、幅広い視点から世界経済の動向を分析し、経済予測の正確さには定評がある。
主な著書に『これから世界で起こること』(東洋経済新報社)、『経済予測脳で人生が変わる!』『2013年 大暴落後の日本経済』(ダイヤモンド社)、『騙されないための世界経済入門』『サブプライム後の新世界経済』(フォレスト出版)、『お金の神様』(講談社)などがある。
新刊『日本経済大消失~生き残りと復活の新戦略』(幻冬舎)が発売。筆者が日本経済に本格的にフォーカスを当てて書いた、初めての本。